デスノート 映画と原作の第一部

先週、映画を見てきたのです。んで、釈然としなかったので原作の第一部(と、わたしが勝手に解釈した部分)まで漫画喫茶で読んできたのでした。
さて、まずは映画について釈然としなかった点とゆうのは、主人公の月(ライト)のキャラクターについてです。映画でのライトの心の内というのは、(1)法律で裁けない犯罪者がいる事を知る→(2)デスノートを手にして自ら裁きを下す→(3)それを邪魔する者をも抹殺する様になる、という流れです。これって目的が途中で摩り替わってるアタマ悪い展開で、能力矛盾*1 だと感じたわけなのです。
ちなみにL(エル)はいいキャラだと思いました。ミステリの花形であるところの探偵役の王道です。エキセントリックでペダンティックで、可愛い♪
このへん、原作を読んでとても納得しました。エルは能力的にも心理的にも、古典的な探偵の役どころで解釈しやすいのです。が、ライトというキャラクターは難しい。
原作ではライトがデスノートを手にしてから、検証して、信じて、実戦に使うという過程を、とってもあっさりすっとばしてるので、全能感を保持してるライトしかわたし達は知り得ない。と、思ったら、後から「全てを忘れて」才能もあって正義感も倫理観も人一倍でエルと共闘するライトが登場する。すっごい上手いぃっって思ったのでした。
えっと、原作は完結してるらしいので最後まで読んだらまた感想書くのです。でもでも、エルの「好きになりますよ」にノックアウトされたので、ひたすらエルの登場シーンだけ読み返しているとゆー危険性もないではないですヽ(^^;)ノ。

*1:明らかにそれを出来る能力がある人が、その事を必要とする状況でしていない、という矛盾がある、即ちどこかに誤りがあるって推論なのですが。これって、人狼用語?